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レンガ色とでもいうものか、赤みの強い髪は
シャギーという髪型のせいかあちこち撥ねているものの、
絹糸みたいにつややかで柔らかいこと、今更触れなくとも知っている。
けれど、帽子の形は同じだが、その下からはみ出す長さは敦の知る“彼”とは随分と違い。
姿勢や所作によっては頬の先や肩先に毛先がこぼれてくるの、
くすぐったげに ついと指先で払うようにして追いやる仕草が、何とも絵になる女性だ。
鋭に冴えて精緻に整った美貌といい、
鍛えたうえでだろう きゅうと絞られていつつも、
そのくせ胸乳の豊かさ腰つきの艶を仄めかす肢体は十分に蠱惑的で。
流れるような動作も視線の上げ下ろしも、どれ一つとっても洗練されており、
美しいだけじゃあなく、ひょいと間合いに入ったものをどうとでもいなせるのだろう、
無駄がないとはこういうことかと感じさせる、隙のなさをもまとっていて。
ヨコハマ裏社会の雄、ポートマフィアの上級幹部の中でも
“五大”と限られる最強最恐の恐持てでもある、現代の板額御前といったところか。
こちらへ来て以来、ほぼずっと同坐して居る格好なので、
そんなお姉様なようだと何とか把握はしたものの、
どういうものか、
こちらの、女性の中也さんは
お会いしてからのこっち、何とも棘々しい顔でボクを見ているようで…。
敦としてはそこがどうにも落ち着けない。
話も聞いたし写真も見せてもらったこちらの“中島敦”は、
やっぱり月下獣という異能を持っており、
追い詰められるとついつい泣き出す、ちょっぴり泣き虫なところもあるが、
日頃はそれは朗らかで、笑顔が目映い頑張り屋さんで。
知己の皆さん総てから可愛がられておいでの大切な妹分であるとかで。
そんな可愛らしい存在が消え、
代わりのように現れたのが男のくせに何とも頼りない自分なのが、
“お気に召さないのだろうな。”
芥川の後見として探偵社の事務所においでな彼女からの
睨むような尖った視線が来るたびに、ついつい背条が伸びたり肩が萎んだりしてしまう。
きっと向こうの中也さんと同じで、
戦闘荒事で抜きんでて強い人でありながら、責任感が強くて、情に厚くて、
懐へ掻い込んだ相手へはとことん優しい、気さくで素敵な人なのだろうに。
そんな人にあんな怖い顔をさせているのかと思うと、そこがどうにも気が重い。
「助かったけど ごめんなさいね、重いのに。」
地下の倉庫に備蓄されている箱買いのコピー用紙や資料のファイルやら。
持って上がらねばならないという話をしていた国木田さんと谷崎さんの声へ反応し、
敦としては手持無沙汰なこともあり、お手伝いしますと腰を上げた。
恐縮したように謝辞を述べる谷崎さんへ、
「いえいえ。
資料などは事務方の人にもあまり触れさせてはいけないのでしょうし。」
知らないことは話しようがないの伝で、調査員ではないお人らには依頼の内情までは知らせぬに限る。
そういえばとか、そんな名前 何処かで訊いたようななんて、
ついつい口がすべったことからどんな災難に巻き込まれるやも知れぬよな
軍警さえもが匙を投げたような物騒な案件にばかり縁が深い職場なだけに。
資料になろう情報収集程度なら電算機越しに手掛けはしても、
それが何のどれへつながるかへは触れぬよう、
事務方の方々が扱うデータへも制限を掛けているというよな配慮は向こうの業務で重々知っている。
コピー用紙や書類やバインダーといった、コンパクトでも密度があって重たいもろもろ、
数回に分けて事務所までを持って上がって、
最後にと、今度は仕舞うファイルを事務所で預かり、書類倉庫にて待っていた国木田女史へ手渡して。
「ご苦労。もう上がっていいぞ。」
「はい。」
太宰さんもそうだが、こちらの先輩女史も、
そういや自分とは四つしか違わないのに、しかも今目の前にいるのは女性だというに、
何でか貫禄や存在感がこうもあるのは凄いなぁなんて。
きっと若いに似ず人生経験が深いお人なのだろうなと感服しつつ、
はいといいお返事をしてから事務所がある四階までを戻ることとする。
それを言ったら敦だとて、過酷さや波乱の一つ一つでそれぞれの物語が綴れそうな
壮絶苛烈にして奇想天外な生い立ちや経験を積んでいるのを棚上げし。
自身へしっかとした自負を持っておればこその自信であり頼もしさなのであり、
そうまでの境地へ達するなんて、助けられてばかりの自分にはまだまだ遠いなぁなんて、
中折れになった階段を上がりつつ、感慨深くも頷いておれば、
「…よお。」
「え? …っ、わっ。」
二階と三階の間の踊り場に上がりかけたところで、
ぐいと胸倉を鷲掴まれて、力づくで引き摺り上げられ。
有無をも言わさずという勢い、中折れの外側にあたろう壁へどんと背中を押し付けられる。
何だ何だと状況が判らぬまま狼狽しておれば、
追い詰められたような格好、角っこに立ったそのまま通せんぼをされる按配にて、
ようよう締まった均整の取れた脚が、壁へがつんと足裏をつく格好で上げられており。
「あ……。」
ふわりと鼻先へ届いた香りは、不思議なことには自分がよく知るあの人のそれと随分似ていて。
そういや彼の人愛用のは男性用の香水ではなかったけれど、
それでも生活習慣や何やは違おうになぁなんて、妙な方向へ気を取られておれば、
「いい度胸だな、おい。この俺に睨まれても その態度とはよ。」
すぐの間近から低い響きのお声がして、
あああ・しまったと、それは判りやすく肩が震えた。
どんだけ難敵に出会っての反応か
自身の内面的白虎が尻尾をまたぐらに引っ込めて萎縮しまくっている図が浮かぶ。
帽子に押さえられているせいもあってだろ、
鼻先までかかっている前髪の向こうから
こちらをねめあげるように透かし見る視線の何と鋭く強靱なことよ。
こんなにも美人さんだというに自分を“俺”と称す人であり、
そしてそれが すこぶるつきの迫力と共にこうまで似合う人もそうは居なかろう。
さすがはポートマフィアの幹部さんなだけはあるなぁと、
文字通り、睨まれたことで射すくめられた敦が、総身を固く強張らせておれば、
「……怖がってんじゃねぇよ、男だろうが。」
そんな言いようを放られて。
ついさっき、気もそぞろでいたらどういう態度だ生意気だと怒ったくせに、
これはもしや何をしても気に入らないというモードかなぁ、
何でもいいから文句付けたい、気が済むまで嬲って怖がらせたいという、
標的にされた側にすれば一番迷惑千万な
ストレス解消法を執行なさろうとでもいうのだろうか、と。
顎を引いての少しほど俯いたまま…ちらりと視線を上げれば、
「〜〜〜〜〜〜っ。」
あ、今この人の中で何かが弾けた気がする。
ぷつんとかパチンとかそんな音と共に
何か張りつめてたものがブチ切れたのへ添うて、
初夏の蒼穹みたいな青い双眸がぱちりと見開かれる。
此処まで凛々しい人にすれば、こんなおどおどとした怖がるような態度は、
心からむっかりするほど女々しくって ヤだったのかなぁ。
情けないぞと腹が立ったのかなぁと、ますますと身をすくませておれば。
敦の身の側線のすぐ際へと、通せんぼするよに突かれていた脚が下ろされ、
その代わりのように、ボソン、と
肩口へ乗っけるように、向かい合ってた人の頭が花蜜の匂いごと倒れ込んできた。
「え?え?え?」
「騒ぐな、いちいち。」
やはり低い声で叱咤され、
恐慌状態になって暴れないようにか、二の腕を両方ともがっしと捕まえられてしまい、
そのまま…添うように胸板同士が重なり合って。
“な、なななな、何だこれ。”
嫌われてるんじゃなかったか。
異能により飛ばされた愛し子の代わりにもならない木偶の坊、
この子の何か落ち度のせいではないと判っているがそれでも、
この顔を見れば 癪に障ってしまうその末に、
とっとと去れとでも因縁つけたくて詰め寄って来たのかしらと思っておれば、
「俺からすれば、似ても似つかぬ野暮ったい野郎のはずなんだがな。」
ぼそりと。
怒鳴るでない、詰るでない、単なる会話の一端のような、
それでいて非常にこちらの痛いところを抉るような一言を。
こちらの懐へそのまま叩きつけるような至近から口にした中也さんで。
「髪の色とか目が宝石みたいなとことかは敦と同じかもだが、
どう見たって…俺より背も高いわ肩幅あるわ、
なのに胸はないわの、其処らに居る青二才でしかねぇはずなのに。」
他の皆がそっくりだ、男の子になったらこうなるんだねというのが
自分にはどうにも理解できないのにと述懐したその上で、
「何でそうも、あちこちが敦とぴったり一緒なんだよ。////////」
「え、えっとぉ?」
ちょっと伏し目がちになったときの、淡色の睫毛の影が落ちる角度とか、
何かの拍子に口許震わせての唇の噛みしめ方とか、
考えを整理してんのか、無意識に頭のてっぺんを手のひらでパタパタ叩く癖とか、
握り飯に思い切りよく齧りついて、そのまま嬉しそうに笑うとことか。
「さっきの上目遣いとか、絶っ対ぇ 敦本人じゃねぇかよ。/////////」
本人ですけどなんていう詰まらないツッコミなぞ出来たものかと感じたほどに、
切実そうな声を出しつつ、ぎゅうっと抱き着かれてしまっては。
先程までの怯えもどこへやら、ただただ驚くしかなくて。
“そっか、睨んでたんじゃなくて、凝っと視てただけだったか。”
その鋭い目で、何でだ何でと煩悶しつつ凝視されていただけなのだが、
余りの力みように睨まれているようだと感じられていた、という順番だったらしく。
女性の敦ちゃんに比すれば堅いばっかの腕なの掴みしめ、
「こんなにもすっかりと男衆なんだから、その可愛げ、何とかしろ。」
「いや、そんなこと言われましても。//////////」
そちらこそ、あのその、
そんな切なそうな目で、しかもこうまで至近から見上げて来ないでほしいのですがと、
睨まれていたと思い込んでた時とさして変わらないほど困ってしまった虎の子くんで。
“…そっか。こっちのボクもこんなに大切にされてるんだね。”
そりゃあ雄々しいながら、やはり優しい中也さんから、
どこに行ったんだよ帰って来いよと
居ても立てもいられないと案じられてる。
別人だと判っていつつも、元凶ではないのだと判っていても
理不尽ながらこっちの敦へ八つ当たってしまうほどに。
しばらくほど、そのままな体勢でじっと佇んでいた二人だったが、
“……………んっと。”
こうまで近づいたのは初めてだからか、
いやそうじゃなかろうという、とある匂いに気が付いて。
言ったものかどうしたものか、微妙に逡巡した敦は、
だが、黙っていられず、
「あの。中也さん?」
「……ああ。」
おずおずと声を掛ければ、何だという意を含んだ声が返るが、
一気に思うところを吐き出した照れからか、お顔は敦の肩口へ再び伏せられており。
落ち着きたくてか、しばらくほどそうしているつもりらしい彼女からは、
やわい温みとそれから、やはり花蜜の香りがほんのりと届いて何とも艶めかしい。
その香りの中には、そう、
自分がよく知る向こうの中也と同じ、ちょっぴり苦い香も混在すると気が付いて。
「もしかして、タバコ吸われますか?」
「ん? おう。」
このところは、特にこの子とあっちの来訪者の前では吸ってもないのになと、
よく気が付いたなぁという感慨を含ませた声で応じた中也へ、
「差別をするつもりじゃないんですが、
出来ればもう吸わないでいてくださいませんか?」
「差別云々ってことは、俺が女だからか?」
「………。」
言葉での応じはなかったが、それがそのまま否ではない返答だろうと察し、
「別に将来的に赤子を望むわけじゃあなし、今更いたわる身でもないさね。」
これでもマフィアの鬼札だ、
そこいらのご婦人相手のような言いようは止せと、
さすがにあっさりすっぱりと突っぱねられた。
しかもそこへと畳みかけられたのが、
「手前の知ってる方の“俺”へも同じように言えんのか?」
体を想ってのことなれば、違いはなかろと持ってゆく。
こんなの駆け引きでもない簡単な理屈だ、言い込められる方が脆弱なのだと、
目を合わすどころか顔も上げぬまま、寝言相手のようにあしらってくる。
そんな中也嬢へ、
「…言えませんよ。」
敦の応じはやっぱりそれであり。
ほら見ろと、口先だけで物を言うなと鼻息荒くふんと息をついたところ、
「だって、中也さんは僕がそうお願いしたら何が何でも実行してしまいます。」
「……?」
んん?と。
そうしてほしいからという懇願なのだから、それで平仄は合ってるじゃあないかと、
なのにどうして、そんな低い声になるのだと怪訝そうに眉を寄せ、
すぐの間近になっている少年のほうを横目で見やる。
その懐の縁、肩の上へ額をくっつけた格好になっているので、
細い顎や頤の線くらいしか見えないが、
ということはこちらを窺うような気配はないということで。
敦少年は、そのまま こうも紡いだ。
「日々物凄いストレスを浴びているのだろうに、なのでとついつい吸っているのだろうに、
ボクなんかの一言を、金科玉条の如く優先してくれるのが目に見えて判るんです。」
だってそれだけ優しい人だから。
どんな我儘でも聞いてやるって、だから何でも言ってみなって、
いつもそれは頼もしく笑ってくれて。
虎のくせに何だ臆病な顔しやがってってあっけらかんと笑ってくれて。
「そんな優しい中也さんに、そんな意地悪なこと言いたくないです。」
きっぱり言い切った少年へ、
おや、と。
甘えたれの小僧がと思ってたの、払拭させられたような何かを感じた。
自分が構いつけてる あの少女へ時々感じてたとある感触と似ていて、
そんな瑣末なことを後生大事にするなんてと、
ついも何も考えるまでもないと笑い飛ばしていそうな。でも、
自分へ向けられていたとなると、そのやわい頼りなさへきゅんとするよな切なる想い。
荒くたい自分にとっちゃあ吹けば飛ぶよなことでも、
つたなくもか弱いこの子には、懸命に温め守っている矜持であり、
もっと要領ってのがあろうに それへも気づかぬまま、
世間ずれしてない無垢だからこそ不器用に、大事にしたいこととしている彼なのだ。
「……手前はパニクっても何とかしようとする奴らしいな。」
そんな一言をぽつりと落とす。
ウチの敦はおろおろした挙句に泣き出してしまうんだ、そこがまた可愛いんじゃあるがなと、
くつくつと笑ってから、
「けど。途轍もなくのぎりっぎりに追い詰められると、開き直ってとんでもない無茶をする。」
「……。」
うっと、言葉に詰まったらしい敦なのを嗅ぎ取って、
ああやっぱりかと胸の内にて吐息を放ち、
「いいか? 」
気遣われてるのはきっとそっちの俺もそりゃあ嬉しいと思うに違いねぇがな、
頼られるのも同じほど 全っ然迷惑なんかじゃあねぇんだよ。
きっとそっちの俺も青鯖も芥川も、いざって時にこそ頼ってほしいんだよ。
「危険を嗅ぎつけ、でも間に合わないと思ってか、
飛び出して楯になろうとする手前には、胸が潰されそうな想いをしているはずだ。」
「……はい。」
ああやっぱりな、こいつも同じことしでかしてやがんのかと。
どれほど痛い想いをしても、お仲間が無事だったら嬉しいのだと思うクチかと、
はぁあと聞こえぬように溜息をついてから、
、
「逢えなくなんのが何より寂しいと、今の今思い知ってるはずだ。
だったら、自分の身を大事と思うの、忘れんじゃねぇよ。」
返事は要らないからと、
その代わりのよに腕を背へ回し、ぎゅうっとしがみついて抱きしめる。
反射的な“はい”では覚えていなかろし、かといって重い重い答えも必要はない。
このくらいは甘えてもいいよな、と
此処に居ないあの少女へか、それとも面識は今後もないだろう向こうの自分へか、
ククっと短く笑って言い訳した、ポートマフィアの小さな女傑だった。
to be continued. (18.02.24.〜)
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*何かずるずると長くなっちゃいましたが、
向こうでは敦ちゃんが泣き出したのに反し、
こっちでは中也さんが我慢ならずにはじけたようです。
…じゃあなくて。(おいおい)
敦くんとて色々考えちゃあいるんだというのを一節入れたくなりました。
そして劇場版は今日から一斉ロードショーですねvv
ドラちゃんに負けるな〜。(無体な…)

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